人生を変える一戸建て

建築にはあまねく役所の検査が入るはずだから安心と思っているようであれば、まさに「たわいない」と建売業者にはカゲで笑われていることになる。
たまたま検査済証がないことを指摘した買い主がいても、業者はその答えに窮することはない。 「それはほら、ここには屋根裏部屋があるでしよ。
あれが実は違反なんですよ。 でもこういう違反はいうなれば買う人のために作ったようなものですからね。
もちろんそれ以外に役所から後ろ指さされるようなことはいっさいしてませんよ。 建築確認も通ってますし、工事途中の現場審査にだって合格してるんですから」こう説明されると、なんとなく納得してしまう買い主が多いという事実が、買い主側の実態をよく物語っている。
業者自身が、基準法違反の建物を建てた上に、工事完了届も出していないという、いわば二重の法律違反者であることを自ら目の前で告白しているのに、買い主はその違反者と違反の内容にありがたみさえ感じてしまうのだ。 その手の業者こそ得てして役所の目の届かないところで、構造にも設備にも仕上げにも手を抜いているような、まさしく隅には置けない業者では、などと微塵も疑ったりはしないのである。
その理由をここであらためて考えてみると、たぶん、不動産取引に必要とされる数々の行為の中で、法律に明確に規制され、どの業者も同じように共有しているというものが、一般に想像されているよりもはるかに少ないからだろう。 法律の条文に登場するのは、せいぜい業者との媒介契約に重要事項説明、それに売買や賃貸の契約行為にかかわることについてで、それらの行為でさえ現場における実務の進め方は、各業者によってバラバラなのである。

法律の条文には登場しないけれども、取引に必要とされるその他の行為は、それこそ各営業マンが個別に身につけた独自のやり方によってあまねく進められてい不動産業界に身を投じた新人営業マンは、取引の実務を学ぶにあたってとまどうことが多い。 本とすべき先輩たちの仕事の進め方が、人によって微妙に、場合によっては大きく異なるからエピローグー不動産屋だけが悪いのかもちろん不動産会社によっては研修制度が整備されていて、新人は基本的なことをそこで身につけることができる。
しかしこの研修内容は、各企業がその企業なりにつちかってきたものであって法的な根拠にささえられていないことが多いわけだから、当然、A社とB社の研修内容が同じというようなことはない。 ましてや多くの中小の不動産会社では、「研修などしている時間があったら仕事で覚えろ!」というのが社の方針である。
そうなると新米営業マンの第一歩は、自分の一番身近な先輩の立ち居振る舞いを見て学ぶことに始まり、やがて実務経験を重ねながらそれを崩して、自分なりの流儀として身につけることになる。 したがって、不動産取引の実務のこなし方は、人それぞれ流儀がちがって当然、ということになるわけだ。
たしかに、この業界にも宅地建物取引主任者という資格制度があるわけだから、その試験に合格すれば、法律に裏付けされた不動産取引の共通した手法について身につけることができるのでは、と考える人がいるかもしれない。 ところがこの資格試験というのは、法律に関する知識の有無を四肢択一のマークシート方式によってためすものであって、マンションの分譲方法や仲介取引の進め方といった実務能力をためすものではない。
運転免許にたとえるならば、標識の意味や最低限の道路交通法に関する知識を問われるだけで、路上での実地試験に当たるものがそこには存在しないのである。 つまり、筆記試験だけでとにかく免許はやるから、運転の仕方についてはドライバー自身が勝手に路上で会得しろというわけだ。
さすがにこの点のまずさを業界も感じ取ったのか、昭和五五年〔一九八○〕からは試験合格者を対象とした法定講習制度を創設している。 弁護士を中心とした講師陣が取引の実態に即した講習をこころみているわけだが、かぎられた時間内でそれこそ多岐にわたる取引行為全般について触れるのはむずかしいようだ。
実務訓練のまったくないままに新人のドライバーがどんどん路上にデビューする。 もしその結果として不動産業者が勝手気ままにふるまうようなことがあったとしても、ドライバーを取り締まる道路交通法があるように、この業界には宅地建物取引業法という法律があるわけだから安心では、という意見もある。
けれども、法律的な根拠がありそうで実はないというようなことが多いこの業界特有の現実の前では、どうしてもこの宅建業法が伝家の宝刀たりえない問題が起きてつまり、どの営業マンも当たり前のように使用しているし、他の不動産会社も共通して使っているから、それこそ業者自身がともすると法律用語と錯覚してしまいそうな業界用語と、契約書と同様にいかにも法的に大きな効力を発揮しそうな書類、そしてそれらをあやつる業界独特の慣習が日々飛び交うこの世界では、法的な解釈について明快ではないことがあまりにも多い。 法律の裏付けがないわけだから、各用語、各書類の定義は当然、不明確なものになる。
トラブルが起きて、それこそ争いの舞台を法廷に移すような問題にまで発展して、そこではじめて法的な意味づけが確認されるというわけだ。 たとえば「予約金」とか「申込証拠金」といった言葉は、あくまでも業界用語であって法律用語ではない。
そうなるとその言葉ひとつひとつの意味は、使う業者によって微妙にニュアンスが異なって当たり前ということになる。 取引の現場で登場する「買付証明書」とか「受渡承諾書」、「売買協定書」に「引渡証明書」といった書類も同様に、契約書に準ずる重要なものとして客の前に提示されることから、当然、法律によってその効力が明確になっているのかというと、法律の条文にはこのような書類に関する規制などない。

したがって、どのタイミングでそのような書類を客の前に提示しようと各営業マンの勝手なわけだし、だいたい、その書類の持つ効力に関する解釈も業者によってマチマチということになるわけだ。 したがって多くの人がそう思っているように、不動産取引に相変らず危ないイメージがまとわりついている原因は、「悪徳」と呼ばれる一部の業者自身の質的な危なさだけにあるのかというと、いちがいにそうとはいえない。
むしろその根本的な原因は、まさに実態に即していない法律の不備の方にもあるようだ。 トラブルが起きた結果、裁判にまで問題がエスカレートしてしまい、そこではじめて法律用語ではない業界用語の解釈が論議され、やっと判決が出たとしても、そういうあいまいな言葉そのものを使ってはならないという判決が出ることはまずない。
もちろん、判例がすべてそのまま法改正に結びついているわけではないから、結局、弁護士の先生でもなければひもとかないような専門的な判例集まで調べないことには、その法的解釈が業者に伝わってこない。 そんな法律オタクの営業マンに、現実にお会いする機会などほとんどないわけで、これらの不明確な言葉は業者間では相変らず不明確なまま日常的に使用され、同じようなトラブルがあちらこちらで起きてしまうということになる。

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